はじめに

予測困難な時代と呼ばれる今、こどもたちが社会の中で生きていくためには与えられた答えを覚え、なぞることだけではなく、自ら「どうしてだろう?」と問いかけ、周囲にいる人と力を合わせながら、自分たちの未来を明るく創り出す力が必要とされるのではないでしょうか。そのためには、こどもたちひとりひとりが「未来は誰かが与えてくれるものではなく、自分たちで創っていけるんだ」という確かな自信を育んでいくことが大切だと思っています。だからこそ、おうち保育園門前仲町では、こどもが考え、選択し、決定するというプロセスを大切にする「シチズンシップ保育」を実践しています。

保育所保育指針にも記されている「こども主体」の保育のあり方について日々模索している保育者が多いと思いますが、わたしたちの保育園でも保育者が悩み、迷うこともありました。そして、同時に多くの気付きも得られました。

この保育記録が、「こどもたちの未来」をより良くしたいという共通の思いを持って保育に取り組まれている先生方にとって、「明日から私もやってみよう」という優しい一歩につながることを願っています。

実践内容:こどもと大人が織りなす「共主体」の物語

梅雨の晴れ間がのぞくある日、保育室には2歳児クラス「はな組」のこどもたちの元気な声が響いていました。昨年の卒園児が妖怪に興味を持っていた影響もあり、「おばけ」や「妖怪」は今年度もこどもたちの間でブームとなっていたのです。妖怪図鑑、おばけの本で興味を深め、「おばけだぞー」と楽しそうにしている彼らの姿に、わたしたちはふと、この内発的な興味を、行事とつなげてみてはどうか?と考えました。

なぜなら、わたしたちの保育園では、日々の保育や行事はこどもたち自身の興味・関心とつながっていることを大切にしているからです。そんな思いをもって保育者が話し合い、今年の夕涼み会は「おばけ屋敷」に挑戦してみようと決めたのです。

実際にお化け屋敷

おばけ屋敷を作る。と聞いても実際にはピンときていない様子のこどもたち。そこでおばけ屋敷のイメージを具体的に掴んでもらうために、インターネットを使って調べてみることにしました。そんな中で見つけた、浅草花やしきのお化け屋敷「スリラーカー」の動画をはな組のこどもたちといっしょに見ました。乗り物に乗ってたくさんのおばけを観察することができるということも大きな魅力で、「これ乗ってみたいね。行ってみる?」「うん、行く!!」と自然に話が進んでいき、本物のお化け屋敷を体験しに行くことになりました。

そしていよいよ当日、泣き出してしまう子もいるのではないかと思いきや、こどもたちは真剣な表情で、目を輝かせながらスリラーカーを体験しました。

「もういっかい!」「また乗りたいね!」

園に戻ってからも、こどもたちの口からは何度もこの言葉が聞かれました。彼らの心に強く焼き付いた体験の熱を冷まさないよう、その後もたびたび動画で振り返ることにしました。1歳児のこどもたちも、2歳児のお兄さんお姉さんの興奮した様子につられて、画面に釘付けになる日々。やがて、そこから流れる「スリラーカー」という言葉は、園全体の共通言語となっていきました。さらにこどもたちは、ミイラ男や鬼など、お化け屋敷の細かな仕掛けにまで興味を持つようになり、そこでの気づきを自分たちがつくるお化け屋敷に取り入れることになったのです。

しかし、お化け屋敷をつくるという計画の土台ができたものの、どうすればこどもたちをより具体的に巻き込めるのか、という新たな葛藤が生まれました。

これまでのように保育者が下準備をしてこどもたちに仕上げだけをやってもらうという大人主導の方法ではなく、こどもたちの中に「行事を一緒に作っていく!」という感覚が芽生えるように、当時は保育室を全開放して自由遊びの中で自然と夕涼み会の準備に参加できる工夫をしました。

段ボール箱で作ったスリラーカーに手形を「べたっ!」とつけたり、カラーポリ袋でつくった黒い壁にクレヨンで好きなおばけを描き、目玊を付け、窓にお面を貼ったり。やっていることは普段から楽しんでいるお絵かきやシール貼りと同じ“日常の遊び”です。でも、その日常の遊びが「夕涼み会の準備」につながることで、こどもたちにとっては特別でワクワクする時間になっていました。

0歳児のこどもたちは、直接的な制作活動は行いませんでしたが、楽しそうに活動する1・2歳児の様子を真剣な眼差しで見つめていました。

わたしたち保育者は、こどもたちの「やってみたい」という気持ちを尊重し、具体的な指示はあえて出さず、こどもたちに任せて見守りました。おばけ屋敷以外にも、焼きそばの屋台の準備をしたり、看板やお面、壁面装飾を窓や壁に貼ったりと、飾りつけに勤しむこどもたちの姿は、まさに「共主体」の姿そのものでした。

そしていよいよ夕涼み会当日。園の空間には、こどもたちと作り上げたおばけ屋敷が賑やかに構えていました。オープニングでは、こどもたちがみんなでお神輿を引っ張って登場し、その生き生きとした姿に大きな歓声が上がりました。

 

こどもたちが中心になって飾った壁面には、スイカやかき氷、花火などのイラストが並びました。不思議と床から70cmくらいの高さに集中していて、「ああ、こどもたちの目線はこの辺りなんだな」とあらためて気づかされました。

大人だけで準備をしたら、きっと全体のバランスや見た目のきれいさを優先してしまうと思います。でも、こどもたちが飾ったものは配置や角度もひとつひとつ違っていて、その自由さや発想に驚かされた瞬間でした。

行事が終わった後も、こどもたちは自分たちで作ったおばけの飾りを使って遊びを続けていました。夕涼み会は、一過性のイベントではなく、日々の保育の中にしっかりと根付いたのです。

気づき:無意識のバイアスを手放した先に見えたもの
今回の実践を通して、わたしたちは大きな気づきを得ました。

1・2歳児という発達段階のこどもたちであっても、自ら考え、行動することで得られる達成感や自己肯定感、そして、多様な人との協働を通じて共感性や社会性が育まれます。わたしたち保育者にとっても、こどもたちへの「無意識のバイアス」を手放すことの重要性は大きな学びでした。「どうせ小さい子には無理だろう」「大人が決めてあげないと」という無意識の思い込みが、こどもたちの可能性を閉ざしてしまうことを知ったのです。

こどもたちにとっても、この夕涼み会は単なる遊びの場ではなくなったように思います。こどもたちは、わたしたちが想像するよりもはるかに豊かな発想力と、主体性を持っていました。その力を信じ、引き出すことが、保育者の最も重要な役割なのだと改めて実感しています。

こどもたちと保育者がともにイベントを創り上げた今回の経験は、「共主体」の姿そのものであり、「わたしたちがこの夕涼み会をつくったんだ」という体験によって、まさに「未来は誰かが与えてくれるものではなく、自分たちで創っていける」という自信の芽生えを確かに感じることができたのです。

 

おわりに

「乳幼児期のこどもが参加者として未来をつくる、貢献するなんて難しい」と考える人が多いかもしれません。実際にわたしたちの保育園でも最初から上手くできていたわけではなく、今でも試行錯誤の毎日です。それでも「みんなの未来をつくることに自ら参加し、貢献し、楽しむ心を育む」というシチズンシップ保育を積み重ねることで確実に変化は生まれています。例えば、こどもたちの目線を受け止め、こどもと大人が対等に関わる意識が芽生え、その結果、「行事は決まったものをするべき」などの保育者の思い込みを手放すことにもつながりました。そして、こどもたち自身が自分の思いを尊重されることで、生き生きとしてきたのはもちろん、わたしたち大人もこどもに対する信頼の気持ちが大きくなったことで保育の楽しさが倍増しました。保育は、こどもと大人の双方かつ主体的に行う営みであることがこの変化につながっていると感じています。

今回の実践では、こどもたちの小さな「やってみたい!」が、どれほど大きな力を秘めているかを教えてくれました。泣いたり笑ったり、試しては失敗して、また挑戦して―そのすべてが未来を生きる力になっていく。わたしたちはその瞬間を間近で見て、一緒に喜び、一緒に誇れる存在として、いつもこどもたちの隣に居たいと心から思っています

こどもと大人が同じ目線で笑い合いながらつくる毎日は、何よりもかけがえのない宝物。だからこそ、これからもこどもたちの声に耳を澄まし、その可能性を信じ続けたい。

この記録を読んでくださった方の中に、「明日からはもっと、こどもたちと一緒に未来を描いてみよう!」と心が動く人がひとりでも増えたなら、それがわたしたちにとっての最高の喜びです。